大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)237号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人と控訴人との間の神戸地方裁判所昭和六三年(ヨ)第一三一号家屋取壊し禁止等仮処分申請事件について同裁判所が昭和六三年三月三一日になした仮処分決定は、これを取り消す。

3  被控訴人の右仮処分申請を却下する。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実摘示第二の一のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏一行目の「債権者」の次に「1申請理由」を加え、同三枚目表一一、一二行目の「たのをはじめとして、引続き」を「ると、翌一二月下旬ころ同建物部分の取壊し作業に着手し、このため動揺しあるいは嫌気をさした右四戸一棟の残り三戸の」と改め、同一三行目の括弧書き部分を削除し、同四枚目表二行目と三行目の間に、

「 しかも、右のように、債務者が、明渡しを受けた賃貸建物部分をそのつど取り壊し、あるいは、取り壊そうとしているのは、明渡要求に応じない債権者ら建物賃借人に対し、実力を行使してその居住環境を劣悪なものとし、また、心理的に圧迫を加える等によって明渡要求に応諾することを迫り、これにより早期にマンション建設計画を実現することを企図したものであることは明らかなところである。

これを要するに、債務者による山本家屋の取り壊しは、建物所有権の濫用であって許されない。」

を加え、同四枚目裏八、九行目を

「 ることとなる。

したがって、本件仮処分決定は正当であるから、その認可を求める。」

と改め、同一一行目の「反論」の次に

「中、昭和六二年四月、債務者が債権者に対し本件家屋賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余」を加える。

二  同五枚目表一行目の「(一)」の次に「の(1)は認めるが、」を加え、同二行目の「のうち」から同三行目の「その余」まで、同五行目の「賃貸」及び「いずれも」、同六行目冒頭から同五枚目表一行目末尾までを、いずれも削除し、同二行目の「(3) そこで」を「(2) ところで、本件家屋賃貸借契約は法定更新により期間の定めがない賃貸借となっていたところ」と改め、同行目の「右優遇措置を受ける目的で、」、同三行目の「を含む賃借人」、同行目の「、(2)」、同四行目の「を含む本件賃貸建物の各」を、いずれも削除し、同六行目の「各」を「右」と、同八行目の「(4)」を「(3)」とそれぞれ改め、同六枚目表八行目冒頭から九行目末尾までを削除する。

第三  疎明〈省略〉

理由

一  申請理由(一)の(1)(控訴人の本件土地所有)の事実は当事者間に争いがなく、同(2)(控訴人の本件建物を含む本件賃貸建物所有)及び(3)(控訴人と被控訴人との間の本件家屋賃貸借契約締結及び被控訴人の本件家屋居住)の事実は控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二1  申請理由に対する反論中、昭和六二年四月、控訴人が被控訴人に対し本件家屋賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、右解約の申入れに借家法一条の二所定の正当事由があるかどうかについて判断する。

(一)  先ず、賃貸人たる控訴人側の事情について検討するに、その主張の本件建物の老朽化の点については、〈証拠〉にこれに沿う部分がみられるが、〈証拠〉によれば、本件建物は建築後未だ二五、六年程度しか経過していないものであることが一応認められることや、弁論の全趣旨により昭和六三年三月ころ撮影された本件建物の写真であると認められる(被写体については争いがない)疎甲二〇号証の一、二に照らせば、右証言及び供述を採用することはできず、他に右主張事実を疎明するに足りる証拠はない。

〈証拠〉によれば、控訴人は、不動産賃貸業を営むものであるが、かねてより本件賃貸建物からの家賃収入が低調で賃料の増額もままならず、右のような本件土地利用の形態では収益性が低いものと不満を抱いていたこと、たまたま、昭和六二年一月にその所有の原判決添付別紙物件目録(八)記載の土地を阪神電鉄西宮駅周辺整備事業用地として兵庫県により任意買収され代金八四〇〇万円を取得したところから、右金員等を資金として、本件土地上に同土地の利用上より収益性の高いマンションを建設しようと計画し、本件解約の申入れをしたこと、を一応認めることができる。

(二)  次に、賃借人たる被控訴人側の事情について検討するに、〈証拠〉によれば、被控訴人は、本件家屋を賃借して以来約一五年間にわたり、五〇歳代の半ばになる妻と二人で本件家屋に継続して居住してきた会社員であって、本件家屋の明渡しについては、生活上の支障が大きいとして、十分な補償措置が手当されない限り、現段階ではこれに応じる意思を有していないこと、を一応認めることができる。

(三)  そこで、右(一)の賃貸人たる控訴人側の事情と(二)の賃借人たる被控訴人側の事情とを比較衡量して判断すれば、控訴人の本件解約の申入れは、未だ正当事由の存在を肯認するには足りないものであることは明らかというべきであって、他に、これを肯認すべき事情を疎明するに足りる証拠はない。

3  したがって、控訴人の本件解約の申入れは無効であり、被控訴人は、本件家屋の賃借権を有する者ということができる。

三1  〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を一応認めることができる。

(一)  前記二2(一)のとおり、控訴人は、その所有地を兵庫県により買収されて取得した金員等を資金として本件土地上にマンションを建設しようと計画したものであるところ、これに関連する不動産の譲渡所得にかかる税法上の特典(代替資産を取得した場合の課税の特例)の適用を受けるためには法律上時間的な制約があったこともあって、本件賃貸建物から可及的速やかに賃借人らを退去させ、代替資産たるマンションの建設を急ごうとした。

しかしながら、昭和六二年四月二五日付けで、各賃借人に各賃貸借契約の解約を申し入れた後の明渡し交渉は、賃借人らに反対の意思が強いこともあって、はかばかしい進展をみないまま時間が経過した。

(二)  控訴人は、昭和六二年一一月中旬ころ、賃借人寺本から四戸一棟の賃貸建物の北側から二戸目の賃貸部分の明渡しを受けると、翌一二月下旬ころ同部分を取り壊した。

また、控訴人は、昭和六二年一二月末ころ、ペット・ショップを営む賃借人から五戸一棟の賃貸建物の北端の賃貸部分の明渡しを受けると、翌昭和六三年一月初旬ころ同部分を取り壊した。

右寺本が賃借していた四戸一棟の賃貸建物の残り三戸の賃借人らは、寺本賃借部分が取り壊された後、昭和六三年一月から二月にかけて順次その賃借部分を明け渡し、控訴人は、同賃貸建物全体を同年二月中旬ころ取り壊した。

その後、控訴人は、賃借人早野から二戸一棟の賃貸建物東側の賃貸部分の明渡しを受け、同部分を取り壊した。

(三)  控訴人は、右のように、一棟の賃貸建物の一部の明渡しを受けるつど、当該部分の取壊しを行ってきたが、取り壊した後の廃材等は現場に放置したままにしており、現存する本件各賃貸建物の周囲は、美観上も、衛生上も好ましからざる状況となっている。

また、右のような建物部分の取壊しによって、もともと一棟の建物の各戸を隔てていた間仕切り壁が直接風雨に曝されることとなり、残存部分の建物としての風雨等の自然条件に対する安全性、耐久性の低下が危惧され、また、防音、防寒等の居住性の低下が容易に窺われる事態を生じさせたにもかかわらず、賃貸人たる控訴人においては、賃借人の要求を無視し、補修、補強工事その他所要の手当てを行おうとしていない。

(四)  控訴人は、二戸一棟の本件建物の西側部分の賃借人山本との間で、山本において右賃借部分を昭和六三年三月中旬ころに明け渡す旨の合意を成立させ、山本の明渡し後本件建物の同賃貸部分を取り壊す予定であった。

(五)  被控訴人を含め本件賃貸建物の賃借人らは、それぞれ各建物部分を貸借後、本件私道を、各建物から公道に出るために必要な通路として利用するほか、同部分に適宜その所有の自動車を駐車させる等して利用してきており、控訴人においても、格別苦情を述べることなくこれを許容してきたが、控訴人は、昭和六二年一二月上旬ころ、本件土地の原判決添付別紙図面表示の位置に本件鉄柱を設置し、本件私道上に自動車の駐停車ができないようにした。

2  右1の(一)ないし(三)及び(五)の一応認められる事実を総合すれば、未だ取壊しの必要性があるものとは認められず、しかも、取壊しの費用や取壊し後の残存賃貸建物及び本件土地の管理に要すべき費用等からみても何らの経済的合理性が認められないことであるのにかかわらず、右のように、控訴人において、明渡しを受けた賃貸建物部分をそのつど取り壊し、あるいは、取り壊そうとし、また、本件鉄柱を設置したりしたのは、もっぱら、明渡要求に応じない被控訴人ら建物賃借人に対し、実力をもってその居住環境を劣悪なものとし、また、心理的にも圧迫を加える等によってその明渡要求に応諾することを迫り、これによりマンション建設計画を早期に実現しようとする企図に出たものであることは明らかというべきである。

四1  右のところよりすれば、控訴人による本件建物の山本賃借部分の取壊しや本件鉄柱の設置は、被控訴人の本件家屋賃借権に基づく居住の利益を侵害するものであることは明らかであり、かつ、本件土地及び建物所有権の行使として社会的に相当と認められる限度を逸脱したものであって、権利の濫用として許されないものというほかはない。

したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本件家屋賃借権に基づく妨害排除請求権の行使として、本件建物の取壊しの禁止を求め、かつ、本件私道の通行妨害の禁止を求めることができるものというべきである。

2  しかして、右の保全の必要性があることは、前述のところからして明らかというべきである。

五  以上のとおりであって、本件仮処分決定を正当としてこれを認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山 忍 裁判官 川勝隆之 裁判官 藤原弘道は、転補につき、署名、捺印することができない。裁判長裁判官 栗山 忍)

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